ウディログ

アメリカ→フランス→オランダと3ヶ国研究留学中!海外生活、英語、フードサイエンスなどなど。

アメリカで感じた研究観ー巨人の肩に乗る矮人ー

アメリカを出国して早1週間が過ぎました。
現在はフランスのアントニーというパリ郊外で、IRSTEA研究所という機関に身を置かせていただいていますが、それはまた今度。

 

今日は改めて、アメリカで研究をして感じた研究観、そして見出し自分なりの意義について、忘れないうちに書き記しておこうと思う。
一応断っておくと、これは僕の分野、研究室に限った話であり、アメリカや海外の研究観全てに言及するものではない。

 

 

普段から読書を全くしない自分が一つ好きなフレーズがあるとすれば、それはタイトルにある、

巨人の肩の上に立つ矮人

という言葉だ。巨人の肩の上に立つ とも訳され、英語だと " Standing on the shoulders of giants" となる。

 

巨人の肩の上にのる矮人」(きょじんのかたのうえにのるわいじん、ラテン語nani gigantum umeris insidentes[1])という言葉は、西洋のメタファーであり、現代の解釈では、先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見することを指す。「巨人の肩の上に立つ」、「巨人の肩に座る」、「巨人の肩に登る」、「巨人の肩に乗る小人」、「巨人の肩に立つ侏儒」などの形でも使われる。科学者アイザック・ニュートンが1676年にロバート・フックに宛てた書簡で用いた、[2]

私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。(英語If I have seen further it is by standing on ye sholders of Giants.[注 1]

という一節を通してよく知られている。

*Wikipedia より引用 

 

おそらく理系の方なら誰しも知っている言葉だと思う。Google Scholar で検索する際に窓の下に出て来るあの言葉だ。

 

僕はアメリカで日々研究して帰る道中、これほど頭の中で復唱した言葉はないと言えるだろう。

僕にとってアメリカで研究した時間はまさに、巨人の肩の上で素晴らしい眺めを見せてもらっていたようなものだと思う。 

 

最終的になんとか自分の研究成果をまとめることができた。

しかしこれは全く自分の力ではなく、周りの環境によるものだと断言できる。

若くて勢いのある教授、いつも助けてくれる優秀なPhD、歓迎してくれたラボの学生。僕はただの未熟な矮人だった。

もし今査読中の論文を、無事彼らと名を連ねて世に出すことができたらなんと光栄なことだろうと思う。

 

正直、日本で研究していてドクターに行くなんて天地が逆さになってもありえないと思っていた。批判を覚悟で書くと、日本でドクターに進む学生なんて、親がお金持ちか、研究に魂を囚われた先の事を省みない無謀な人だと思っていた。今まで僕はそれほど多くのドクターにあったことがあるわけではないけれど、なんとなく癖が強い人が多いような気がする。そもそも自分に芯がないと進学できる世界ではないとも思うが。研究に私生活を侵食され、そこまで費やして取得した学位に見合った対価を得る保証のない、暗雲立ち込める茨の道というイメージしか抱いていなかった。

 

しかし、僕の抱いていたそのイメージは、アメリカで研究する彼らを見て大きく変わった。

まずこれは既によく知られていることだが、諸外国のPhD学生は学業と研究を生業としている。

彼らの学費の多くは教授によって支払われ、そして生活費までも十分に支給される。

TAやRAなど学生の形態にもよるが、ほとんどは生活するのに十分な額を貰っていたと思う。また日本より、学生の社会的な地位が高いようにも感じた。多くの年月を学業に費やしても、それに対して寛容であるように感じた。

 

またうちの研究室では、滞在時間に対して縛りがなかった。いわゆるコアタイム

日本の研究室では多くが設定されていると思う。うちにはそれがなかった。

朝早く来て午後早く上がってジムに行くものもいれば、主に夜から実験を初めて中々目にしない学生もいた。

結果さえ上がれば問題ない。あとは自分の時間を好きに使い、余暇を楽しむような雰囲気が出来上がっていた。SUVを乗り回し、家族や恋人と思い思いの時間を過ごす彼らを見て、考えを大きく改めさせられた。

そもそも教授さえも朝早く来て、午後3時には帰宅していて捕まらないということがままあった。日本では考えられない。

 

そしてそんな環境の中でも、研究のスピード感が早いと感じた。

その理由の一つには言語が挙げられると思う。英語で情報をインプットし、そして英語で発信する、この課程に他言語が絡まないことが大きな要因だと思う。

そして他にはやはり資金面。研究室や教授に対しての研究資金の他に、学生向けに賞金付きのプレゼンコンペが活発に開催されていた。少なくとも自分は日本では、学生に賞金が払われる研究のプレゼン大会というのは聞いたことがない。賞金だけでなく企業の目に留まることがあるというのも、非常い良い機会として働いていると感じた。

そして学生の意欲が高いことも挙げられる。先ほど挙げたコアタイム制度、日本ではそれがないと研究を全くしないから、という理由で導入されている節もあると思う。アメリカではコアタイムがなくとも、幽霊のようになる学生もいなければ、全員が発表できるだけの成果をゼミまでに用意しているような状態だった。

 

そしてもっと大きな要因としては潤沢な研究資金が挙げられると思う。これは実際にアメリカを立つ際にラボの教授とランチをしてかなり突っ込んだ話を教えてくれたので確かだと思う。

僕の分野ではUSDAという団体に研究のProposalをして、採用されればお金がもらえるらしい。この費用がラボの研究費の半分以上を占めるらしい。日本の科研費のようなものだと思う。

そこで驚いたのがその金額だ。採用されれば、数年を対象に約50万ドル(日本円で約5500万円)という資金が支給される。研究費用については詳しくないが、フードサイエンスの分野でこの額はかなり大きいと思う。先ほど例に挙げた科研費でも、数年の任期で数百万円程度だったと記憶しているので(たしか基礎研究区分Cとか)、文字通り桁が一つ違うこととなる。これは学生に払う給料や学費が含まれることを加味すれば、研究に当てる費用としては大きく違わないかもしれない。しかし、学生の負担を減らして研究に専念できる環境を整備したのと、生活費や学費に追われて研究に従事するとでは、そのパフォーマンスは天と地ほども差があるだろう。

そして日本ではメインの財源となるであろう大学からの研究費用は、うちの大学では着任してから3年までだけらしい。そのあとは先ほどの研究資金や、企業から集めたりでやりくりするらしい。

つまり、成果がでなければ研究資金が手に入らず、首が廻らなくなる環境にあるということだ。このシステムが、アメリカの研究を加速させている最も大きな要因だと思う。

僕が在籍していたラボの先生は中国人の女性であったが、30代半ばにして子供を二人抱えているにも関わらず、これまでにUSDAに3度採択され、150万ドルは手にしたといっていた。関わった論文の数は70を超え、いつもゼミでは論文を書きなさい、コンペでお金を得なさいと、学生達を鼓舞していた。僕も何度やる気にさせられたか。

 

そんなラボに感化され、所属していた期間はたったの10ヶ月であったが、多くの学びを得たように思う。毎日英語に触れ、日に日に日本語を介さないようになり、研究をしては失敗し、彼らに助言をもらい、地味な10ヶ月間だった。人に話せるような面白いエピソードはあまりないけれど、自分の中で多くが消化された日々であった。

ラボに僕以外誰も日本人はいなかったから、僕の大学なんて誰も知らない。どこの大学にいる、どんな会社でインターンをした、どんな会社に内定を取っただの、組織に入ることで得たご高名でマウントを取り合う環境でなかったことが本当に心地よかった。

正直将来のことについて全く決めきれないが、もしまた学業を・・・と思ったら国外に挑戦するだろうと思う。

 

とここまでアメリカのいいことばかりを書いたが、日本のラボの方がいいと思ったことももちろんある。学生同士の交流だ。

家族や恋人との時間に重きを置くため、学生同士が同僚という関係に近く、あまり交流が多い環境ではなかった。その点は日本の研究室の方が楽しく過ごせていたと思う。

 

教授や学生、そしてアメリカの研究環境でできた土台の上に立たせてもらい、僕はとても眺めのいい爽快な景色を見ることができたと思う。登っている途中は色々と思うところもあったが、今となっては本当に良い経験をしたと思う。

 

これからも大きな肩に乗って遠くを見てみたいと思うし、また誰かの肩になってみたいとも思える、そんな素敵なアメリカ生活だったとさ。

 

 

まとめると、

アメリ

・研究資金

・勢い

・学生の質

 

日本

・雰囲気

 

になってしまうのかな。正直。

見事にアメリカ被れの誕生である。あ、でも飯や文化は圧倒的日本の勝利だわ。純ジャパだからね。

まあでも研究だけじゃなく経済も、やっぱアメリカすげえわ・・・ってなりますよそりゃ。こっちでPhDとって食品企業で研究者やったら年収1千万スタートなんですもん。

日本で修士出て研究者やったら天井がそのくらいって聞くし、アメリカン・ドリームってやつですよね。もちろん社会保障だったり物価だったりで厳密な比較はできないですけども。

 

トビタテに関してもそう。帰ってきたら日本経済を支えてね、なんていうけれども。正直今の自分が組織に属しても国際人材なんて程遠いと思う。そもそも根本的なシステムが変わらなければ、結局不条理に埋もれていくんじゃないかなあ。なんて、働いたことのない学生が考えているけれども。

トビタテの学生って帰国してから日本で就職する人が圧倒的に多い気がしてるけど、そういった不条理を感じつつも飲み込んで就職してるのかな。それとも、本当に日本を変えたいと日本企業に入ってるんだろうか。

自分の生まれた国だし大好きだけど、やっぱり国外から見ると多く課題を積んでいる国だと思う。他の国にそれがないわけじゃないし、英語苦手なんで目に入らないだけかもしれないけど。

 

あと今度、「TOEICで970点を取った学生が語る〜」みたいな釣り記事書いてみたいな。TOEICについてもここまで来てみたらかなり不満は積もるけどね。あんなの有り難がって採用活動しているうちはグローバルなんて程遠い、と僕は思います。

 

フランスのことについてはまた今度!こっちでもアメリカとも日本とも違う研究観に毎日驚かされながら、楽しく過ごしております!フランス語わからん!


長くなりましたがこの辺で。

ではまた、Salut !!